共有

62話 揃いも揃って

last update 最終更新日: 2025-02-14 20:20:45

 部屋に戻ったオリビアは、早速クローゼットを開けた。

「今夜のアデリーナ様との食事にはどんな服がいいかしら……これなんかシックな感じでいいかも」

深緑色のボレロワンピースを手に取り、身体にあててみる。

「う~ん……それともアデリーナ様の髪色に合わせてワインレッド色のワンピースがいいかしら……」

悩んでいると、部屋の扉がノックされた。

—―コンコン

「……誰かしら? 忙しいのに……」

オリビアは扉に向かと声をかけた。

「誰?」

『俺だ、お兄様のミハエルだ』

お兄様という単語にイラッとしながらも、オリビアは扉を開けた。

「ごきげんよう、お兄様。一体何の御用でしょうか?」

「学校から帰宅したと聞いて話があったから来たんだ。今、少しいいか?」

本当は追い返したかったが、わざわざ自分を訪ねて来たのを邪険にするのは気が引けた。

「分かりました。……少しなら良いですよ。どうぞお入り下さい」

「ありがとう!」

大袈裟な程笑みを浮かべたミハエルはズカズカと部屋に入り、ドスンとソファに座って来た。

「オリビア、お前も座れ」

手招きしてくるのでおとなしく向かい側に座ると、ミハエルは身を乗り出してきた。

「早速だが、妹よ。本日、義母と偽物妹が追い出されたのは知ってるか?」

「ええ、知っていますよ」

「な、何だって!? もう知っているのか!?」

身体をのけぞらせて驚くミハエル。

「なにもそれほど驚くことでは無いでしょう? 丁度帰宅した時間に屋敷を追い出されるシャロンと義母に会ったのです」

「そうだったのか。真っ先にお前に知らせて、喜ぶ顔が見たかったのに……」

ミハエルはガックリと肩を落とす。

「まさか、それを知らせに来たのですか?」

「いや、それだけではない。そこで今夜あの邪魔な母娘を追い出した祝に、家族水入らずで夕食会を開こうと思って知らせに来たのだ。どうだ?」

「いいえ、結構です。お父様にも声をかけられましたが、お断りしました」

「何だって!? 父から!? 夕食会を考えたのはこの俺だぞ!? あげくに断ったのか? 何故だ!」

「何故も何も、今夜は約束があるからです」

「約束だって……ん? あれは……」

ミハエルの視線がオリビアのクローゼットをとらえた。ベッドの上には先程オリビアが選んだワンピースが置かれている。

「出掛ける服を選んでいたのか?」

「ええ、そうです。今夜は食事に行く約束をし
ロックされたチャプター
GoodNovel で続きを読む
コードをスキャンしてアプリをダウンロード

関連チャプター

  • 悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました   63話 専属従者

    —―18時半「全く、兄のせいで家を出るのが遅くなってしまったわ。今迄散々私を無視してきたくせに……もう放っておいて欲しいわ」自転車をこいで待ち合わせ場所である広場の噴水前に行ってみると、既にアデリーナの姿がみえた。「いけない、もういらしてたのね。……あら? 一緒にいる方はどなたかしら?」アデリーナの傍には黒髪を後ろに束ねた青年がついており、2人は親し気に話をしている。青年はスラリと伸びた長身で、ジャケット姿が良く似合っている。自転車で近付くと、アデリーナがオリビアに気付いて笑顔で手を振ってきた。「オリビアさん! 待っていたわよ」「すみません。私からお誘いしたのに、遅くなってしまいました」自転車を降りると、詫びる。「あら、いいのよ。ほぼ時間通りだから」アデリーナは笑顔で返事をすると、次に黒髪青年に話しかける。「ほら、言った通りでしょう?」「ええ。アデリーナ様の仰る通りでした。疑ってしまい、申し訳ございません」そしてペコリと頭を下げてきた。「あの……一体なんのことでしょうか?」オリビアが首を傾げるとアデリーナが説明した。「彼はね、私の従者でセトというの。今夜、親友と食事に行くと言ったら、どうしてもついて行くと言って聞かなかったのよ。相手がディートリッヒ様では無いかと疑っていたみたいなの」そして少しむくれた様子でセトを睨みつける。「本当に申し訳ございません」再度セトは謝罪すると、次にオリビアに丁寧に挨拶をしてきた。「初めまして。私はセトと申します。アデリーナ様の幼少時代より、執事として10年以上お傍に仕えさせていただいております。どうぞよろしくお願いいたします」「初めまして。私はオリビア・フォードと申します。アデリーナ様とは仲良くさせていただいております」互いに自己紹介しあうと、アデリーナはパチンと手を叩いた。「はい。では自己紹介も終わった事だし、セト。あなたはもう帰っていいわよ」「イヤです」「え? 何を言ってるの。今夜は私はオリビアさんと2人で食事を楽しみたいのよ?  もう疑いも晴れたのだから、帰ってくれないかしら」「いいえ。私は旦那様より、アデリーナ様をお守りするように命じられております。この辺りは夜になると町の顔が変わります。どんな輩がうろついているか分かりませんので、お供させて頂きます」「私は腕に自信があるか

    最終更新日 : 2025-02-16
  • 悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました   64話 気の合う相手

    3人はマックスの店の前に到着すると、早速オリビアはアデリーナに声をかけた。「アデリーナ様、こちらのお店ですよ」「あら? このお店は……」アデリーナは首を傾げる。「え? もしかして御存知なのですか?」「ええ、一度だけ来たことがあるのよ。でも確かここは喫茶店だと思っていたけど……」「その事なのですけどね。昼と夜とではオーナーが違うんです。夜は食事とお酒を提供するお店になるのですよ」するとアデリーナの目が輝く。「本当? お酒が飲めるのね? 早く入りましょう」「フフ。そうですね、入りましょう」セトが扉を開け、3人は店の中へ入って行った。**店内には多くの客で賑わいを見せている。「まぁ……昼間とは全くお店の雰囲気が違うわね」アデリーナは感心した様子で周囲を見渡した。「そうなのですか? 私は昼間は来たことが一度も無いので良く分からなくて」そのとき。「オリビアッ! 来てくれたんだな!」黒のタキシード姿のマックスが笑顔でやって来た。「ええ。約束通りに来たわ」「オリビア嬢、ご来店頂きありがとうございます」次にマックスはオリビアに丁寧に挨拶をし……じっとセトを見つめる。「え……と、こちらの男性は……?」「初めまして。わたしはアデリーナ様の従者のセトと申します。今夜はアデリーナ様の付き添いで御一緒させていただきました。マックス様、今夜はお招きいただきありがとうございます」「あ……い、いえ。こちらこそありがとうございます。それじゃ、席を案内しますね」丁寧に挨拶され、マックスは目を白黒させながら3人を席へ案内した――**** カウンター席に案内されたオリビアとアデリーナは早速、マックスが勧めた料理を口にしていた。「アデリーナ様。 この魚介のグリル、スパイシーでとても美味しいです!」「そうね。このお肉料理も、とても味が染みていて美味しいわ。ワインにとてもあうわね」アデリーナがワインに手を伸ばすと、セトが止める。「アデリーナ様、またワインをお召し上がりになるのですか? もうこれで3杯目ですよ?」「あら、別にいいじゃない。私がお酒に強いのは、セトが良く知っているでしょう?」「ええ、そうですが外で飲まれるのと、自宅で飲まれるのとは訳が違いますから」「私なら大丈夫よ。それにセト。最初に言ったわよね? 私たちの会話を邪魔しない、空気の

    最終更新日 : 2025-02-17
  • 悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました   65話 食事の後で

    —―20時 マックスに見送られ、3人は店を出た。「……大変申し訳ございませんでした」酔い潰れて眠ってしまったアデリーナを背負ったセトが申し訳なさそうに謝ってきた。「そんなに気になさらないで下さい。でも驚きました。あのアデリーナ様がお酒で酔い潰れてしまうとは思いませんでした」オリビアが気持ちよさそうにセトの背中で眠っているアデリーナを見つめる。「何だかすみません。出したワインの度数が強かったのかな?」マックスの言葉にセトは首を振る。「いいえ、アデリーナ様はお酒が強い方なのです。このように酔って眠ってしまったことは一度もありません。アデリーナ様は侯爵家の一員として家族から厳しく育てられてきたので、気の休まることはありませんでした。 ですが、今夜は余程楽しかったのでしょうね。あんなに笑顔で話をしている姿を見るのは初めてです。これもきっとオリビア様のおかげなのでしょうね。本当にありがとうございます」「い、いえ! 私の方こそ楽しかったです。家族に虐げられていた私はすっかり自信を無くしていました。でもアデリーナ様に出会って、私は生まれかわったのです。こちらこそ感謝しています」するとセトは笑顔になる。「アデリーナ様も同じようなことをおっしゃっておられました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。では、私はアデリーナ様を連れて帰らなければなりませんので、ここで失礼致します」「はい、分かりました」「またいらしてください」オリビアとマックスは交互に声をかけるとセトは会釈し、アデリーナを背負ったまま夜の町へと消えて行った。その姿を見送りながら、オリビアはマックスに話しかけた。「……ねぇ、マックス。ひょっとするとセトさんはアデリーナ様のこと……」するとマックスは目を丸くする。「何だ? 今頃気付いたのか? 俺は2人が一緒に現れた時から気付いていたぞ?」「え? そうだったの?」「当然じゃないか。俺は接客の仕事をしているんだぞ? 相手の心の内くらい、読み取れなくてどうする」「ええっ!? そんなものなの? ねぇ、だったら今私が何を考えているのか分かる?」「う~ん……そうだな」マックスはじっとオリビアを見つめて答えた。「アデリーナ様って、可愛いところもあるのね? って思っているだろう?」「当たり! すごいわ」「それだけじゃない。まだ分かるぞ

    最終更新日 : 2025-02-18
  • 悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました   66話 少し愉快な朝食

     アデリーナと食事をした翌日のこと—―オリビアは嫌々、父と兄の3人で朝食の席を囲んでいた。「オリビアや、昨夜は何処の店で食事をしてきたのだね?」美食貴族と呼ばれている父、ランドルフはオリビアが食事をしてきた店が気になって仕方がない。「さぁ? 昨夜は待ち合わせした人が連れて行ってくれたお店なので、場所も店の名前も良く覚えていません」オリビアは平気で嘘をついた。何しろランドルフはとんでもないペテン師。飲食店から良い評判を書いて欲しいとお金を積まれれば、平気で嘘のコラムを書く。さらにライバル店を潰して欲しいという依頼だって受けるのだ。(父に大切な友人マックスの店を教えるわけにはいかないわ)「そうか……覚えていないのか。だが聞いておいてくれるか? 是非、私もその店に食事に行ってみたいからな」「そうですね。会う機会があれば尋ねておきます」パンにバターを塗りながら、気の無い返事をする。「成程、会う機会があれば……か。うん? そう言えば、オリビア。昨夜は一体どこの誰と食事をしてきたのだ!? お前は嫁入り前の身なのだから、男と2人きりで食事に行ったりなどしていないだろうな?」「少なくとも、相手がギスランでは無いことは確かですね」そのとき、今まで1人黙々と食事をしていたミハエルが反応した。「オリビア、聞くがいい。昨夜、クソ野郎のギスランに電話してやったぞ。もう二度とオリビアに近付くなとな! もしそのようなことをすれば夜道に1人で歩いているところを背後から襲って、二度と女遊びが出来ない身体にしてやると脅してやった。何しろ、あの男はまだ未成年のシャロンにまで手を出すようなクズ野郎だからな」するとランドルフが眉を顰める。「ミハエル。朝食の時間になんて胸の悪くなることを口にするのだ? オリビアの前で過激な発言をするんじゃない。こっちまで背筋がゾクゾクして気分がわるくなってしまったじゃないか」「申し訳ありません。それでは話題を変えることにしましょう。卒業まで後一カ月。今日から私は正式に王宮騎士団に仮入団し、訓練を受けることに決定しました!」「おお、そうか。それは素晴らしい! これからはこの国を守る騎士として誇りを忘れるなよ」ランドルフが大げさに手を叩く。「ありがとうございます。これで俺もいよいよ憧れだった、キャデラック侯爵から直々に指南を受けられます。

    最終更新日 : 2025-02-19
  • 悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました   67話 楽しい昼食

     その日の昼休みのこと――オリビアは中庭にあるガゼボに来ていた。今日はここでアデリーナと待ち合わせをして一緒に食事をすることになっていたのだ。「今日もいいお天気ね……」ガゼボの中から中庭を見つめていると、アデリーナが手を振ってこちらへ駆けてくる様子が見えた。「アデリーナ様っ!」オリビエは立ち上がり、笑顔で手を振る。「ごめんなさい、オリビアさん。待ったかしら?」息を切らせながら、ガゼボに入って来たアデリーナ。「いいえ、私も先程来たばかりですから気になさらないで下さい」「そう? なら良かったわ」2人で並んで座るとオリビアは早速持参してきたバスケットを開いた。「アデリーナ様、我が家自慢のシェフが腕を振るってサンドイッチを作ってくれました。他にもマフィンやスコーンもありますよ。早速頂きませんか?」豪華な食事に、アデリーナの目が輝く。「まぁ、美味しそうね。本当に頂いてもいいの?」「ええ、勿論です。では早速……」「待って! オリビアさんっ!」不意にアデリーナが止めた。「アデリーナ様? どうかしましたか?」「食事の前に、まず昨夜のことを謝らせて貰えないかしら? 折角楽しい食事の場を提供してもらったのに、私ったら途中で酔って眠ってしまったでしょう? 恥ずかしいわ……本当にごめんなさい」憧れのアデリーナに謝られて、オリビアはすっかり慌ててしまった。「そ、そんな。謝らないで下さい。私、むしろ嬉しかったんです」「え? 嬉しかった? 何故かしら?」「セトさんが言っていました。アデリーナ様は本当に昨夜は楽しそうだったって。楽しくお酒を飲めたから酔って眠ってしまったってことですよね?」「ええ。その通りよ。あんなに楽しくお酒を飲めたのは初めてだったわ」アデリーナは頷く。「私もすごく楽しかったです。だから謝らないでください。そうでなければ……また、お誘いすることが出来ませんから」「分かったわ。また是非、一緒にマックスさんのお店に行きましょう?」「はい! それでは早速頂きませんか?」オリビアはバスケットをアデリーナに勧めた。「ありがとう、それでは頂くわね」こうして、ガゼボの中で2人のランチ会が始まった――「本当にこのサンドイッチ、美味しいわ。さすがフォード家のシェフは一流ね」アデリーナが感心した様子でサンドイッチを口にする。「ありが

    最終更新日 : 2025-02-20
  • 悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました   68話 愉快な予感

    ――放課後帰り支度をしていると、エレナが声をかけてきた。「オリビア、今日は1日ずっと楽しそうだったわね。何か良い事でもあったの? 昼食はアデリーナ様と一緒だったのでしょう?」「ええ、一緒だったわ。勿論アデリーナ様との食事も楽しかったけど、それ以外にも今日はこれから楽しいことが起こりそうなの」「あら、どんなことかしら。教えてくれる?」「ええ。いいわよ。それはね……」そのとき。「エレナ、迎えに来たよ」エレナの婚約者、カールが現れた。「まぁ、カール。今日は早かったのね」「それはそうさ。早く君に会いたかったからね。ん? オリビア、君もいたのか?」カールはオリビアの姿に気付き、声をかけてきた。「ご挨拶ね。ええ、いたわよ。でもお2人のお邪魔みたいだから、すぐに帰るわ」するとオリビアの言葉にエレナとカールが驚く。「え? オリビア、私は少しもあなたが邪魔だなんて思っていないわよ?」「そうだよ。オリビアはエレナの大切な親友じゃないか」2人の言葉に笑うオリビア。「ふふ、ほんの冗談だから気にしないで。それじゃ、又明日ね」オリビアは手を振ると、教室を後にした。「本当にエレナとカールは仲が良いわね~」独り言のように呟くと、突然背後から声をかけられた。「何だ? もしかして羨ましいのか?」「キャアッ!」驚きのあまり悲鳴を上げて振り向くと、マックスの姿がある。「びっくりした……何もそんなに大きな声をあげることはないだろう?」「それはこっちの台詞よ。マックス、突然声をかけてこないでよ」「ごめん。オリビアの姿が目に入ったから、ついな。ところでオリビア。ここで出会ったのも何かの縁だ。ちょっとこれから一緒に出掛けないか?」「え? 出掛けるって一体どこへ?」「今夜の食材を買いに行こうかと思っていたんだよ」「つまりは買い出しってことね?」「買い出し……か。う~ん……その言い方は少し語弊があるかもしれないが……買い出しには間違いないか……」マックスの態度はどこか煮え切らない。そこでオリビアは首を振った。「ごめんなさい、マックス。折角だけど、私行かないわ」「え? 行かないのか?」「ええ。実は今日、早く家に帰らなければならないのよ」「家に帰らなければって……オリビアは家が嫌いじゃ無かったのか?」「ええ、確かに嫌いよ」マックスの言葉に頷く。

    最終更新日 : 2025-02-21
  • 悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました   69話 吠える兄

     オリビアが自転車を飛ばして屋敷へ戻ってくると、予想通りに面白いことが待ち受けていた。「お帰りなさいませ、オリビア様」フットマンが恭しくオリビアをエントランスで迎えてくれた。「ただいま。ところでお兄様はもうお帰りになっているのかしら?」今の時刻は16時を少し過ぎた辺りだった。今日は入団して初めての顔合わせと訓練が実施されると聞いている。もしも予定通りミハエルが訓練を受けているなら、まだ帰宅してはいないのだが……。「ええ、実はもうすでにお帰りになっております」フットマンの声が小さくなる。「あら? そうなの? お兄様は確か今日から王宮騎士団に入団し、訓練をうける日だと聞いていたけど……妙な話ね?」わざとらしくオリビアは首を傾げる。「はい。私たちもそのようにお話を伺っていたのですが……ミハエル様は11時には帰宅されてきたのです。しかも何やら、ズタボロの姿に……あ、いえ! かなり髪型と服装が乱れた様子で戻られました。気のせいか、何やら目頭に光るものが……い、いえ! 今の話はどうぞ聞かなかったことにして下さい!」フットマンはぺこぺこ頭を下げてきた。「ええ、聞かなかったことにするわ。でも、それは心配ね……自分の部屋に戻るついでにお兄様の様子を見に行ってくるわ」「はい! お願いいたします! 何やら酷く興奮されているようでして、もう我々では手に負えないのです」「分かったわ、任せて頂戴」頷いたオリビアは鼻歌を歌い、軽やかにステップを踏むようにミハエルの部屋を目指した。**** ミハエルの部屋はオリビアの部屋よりも手前にあり、日当たりも良く最高の場所にあった。冷遇されていたいオリビアは一番通路の奥の部屋に追いやられ、いつもミハエルの部屋の前を通るのが嫌で嫌でたまらなかったのだが……。「今日ほど、自分の部屋が兄よりも奥にあることを感謝したことは無いわ」ミハエルの部屋を目指して廊下を歩いていると、部屋の前で数人の使用人達が佇んでいる姿が目に入った。使用人達は困った様子でミハエルの部屋を見つめている。「ただいま。あなた達、ここは兄の部屋よね? 一体扉の前で何をしているの?」オリビアはしらじらしく使用人達に声をかけた。「あ、お帰りなさいませ。オリビア様」「実はミハエル様が部屋の中で大暴れしているのです」「時々、大声で吠えたりしているので不気

    最終更新日 : 2025-02-22
  • 悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました   1話 オリビア・フォードの憂鬱

     20歳の子爵家令嬢――オリビア・フォード。背中まで届くダークブロンドの髪に、グレイの瞳の彼女は貴族令嬢でありながら地味で目立たない存在だった――――7時半いつものようにオリビアはダイニングルームに向って歩いていた。途中、何人かの使用人たちにすれ違うも、誰一人彼女に挨拶をする者はいない。 使用人たちは彼女をチラリと一瞥するか、これみよがしにヒソヒソと囁き嫌がらせをする者たちばかりだった。「いつ見ても辛気臭い姿ね」突如、オリビアの耳にあからさまな侮蔑の言葉が聞こえてきた。思わず声の聞こえた方向に視線を移せば、義妹のお気に入りの2人のメイドがこちらをじっと見つめている。「あー忙しい、忙しい」 「仕事に行きましょう」目が合うと2人のメイドは視線をそらし、そのまま通り過ぎて行った。「ふん、この屋敷の厄介者のくせに」一人のメイドがすれ違いざまに聞えよがしに言い放った。「!」その言葉に足が止まりメイド達を振り返ると、楽しげに会話をしながら歩き去っていく様子が見えた。「はぁ……」小さくため息をつくと、再びオリビアはダイニングルームへ向った―― ダイニングルームに到着すると、既にテーブルには家族全員が揃い、楽しげに会話をしながら食事をしていた。「そうか、それでは騎士入団試験に合格したということだな?」父親が長男のミハエルと会話をしている。「はい。大学卒業後は王宮の騎士団に配属されることが決定となりました」「そうか、それはすごいな。私も鼻が高い」「お兄様、素晴らしいですわ」ミハエルとは腹違いの妹、シャロンが笑顔になる。 そこへ、遅れてきたオリビアが遠慮がちに声をかけた。「おはようございます……遅くなって申し訳ありません」しかし彼女の言葉に返事をする者は誰もいないし、椅子を引いてくれる給仕もいない。テーブルの前には既に食事が並べられており、オリビアは無言で着席した。 食事の席に遅れてくるのには、理由があった。それは彼女だけが家族から疎外されていたからだ。 父親からは疎まれ、3歳年上の兄ミハエルからは憎まれている。義母からは無視され、15歳の異母妹からは馬鹿にされる……そんな家族ばかりが集まる食卓に就きたいはずはなかった。 そこで出来るだけ遅れて現れるようにしていたのである。オリビアが静かに食事を始めると義母がよく通る声で自慢

    最終更新日 : 2024-12-27

最新チャプター

  • 悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました   69話 吠える兄

     オリビアが自転車を飛ばして屋敷へ戻ってくると、予想通りに面白いことが待ち受けていた。「お帰りなさいませ、オリビア様」フットマンが恭しくオリビアをエントランスで迎えてくれた。「ただいま。ところでお兄様はもうお帰りになっているのかしら?」今の時刻は16時を少し過ぎた辺りだった。今日は入団して初めての顔合わせと訓練が実施されると聞いている。もしも予定通りミハエルが訓練を受けているなら、まだ帰宅してはいないのだが……。「ええ、実はもうすでにお帰りになっております」フットマンの声が小さくなる。「あら? そうなの? お兄様は確か今日から王宮騎士団に入団し、訓練をうける日だと聞いていたけど……妙な話ね?」わざとらしくオリビアは首を傾げる。「はい。私たちもそのようにお話を伺っていたのですが……ミハエル様は11時には帰宅されてきたのです。しかも何やら、ズタボロの姿に……あ、いえ! かなり髪型と服装が乱れた様子で戻られました。気のせいか、何やら目頭に光るものが……い、いえ! 今の話はどうぞ聞かなかったことにして下さい!」フットマンはぺこぺこ頭を下げてきた。「ええ、聞かなかったことにするわ。でも、それは心配ね……自分の部屋に戻るついでにお兄様の様子を見に行ってくるわ」「はい! お願いいたします! 何やら酷く興奮されているようでして、もう我々では手に負えないのです」「分かったわ、任せて頂戴」頷いたオリビアは鼻歌を歌い、軽やかにステップを踏むようにミハエルの部屋を目指した。**** ミハエルの部屋はオリビアの部屋よりも手前にあり、日当たりも良く最高の場所にあった。冷遇されていたいオリビアは一番通路の奥の部屋に追いやられ、いつもミハエルの部屋の前を通るのが嫌で嫌でたまらなかったのだが……。「今日ほど、自分の部屋が兄よりも奥にあることを感謝したことは無いわ」ミハエルの部屋を目指して廊下を歩いていると、部屋の前で数人の使用人達が佇んでいる姿が目に入った。使用人達は困った様子でミハエルの部屋を見つめている。「ただいま。あなた達、ここは兄の部屋よね? 一体扉の前で何をしているの?」オリビアはしらじらしく使用人達に声をかけた。「あ、お帰りなさいませ。オリビア様」「実はミハエル様が部屋の中で大暴れしているのです」「時々、大声で吠えたりしているので不気

  • 悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました   68話 愉快な予感

    ――放課後帰り支度をしていると、エレナが声をかけてきた。「オリビア、今日は1日ずっと楽しそうだったわね。何か良い事でもあったの? 昼食はアデリーナ様と一緒だったのでしょう?」「ええ、一緒だったわ。勿論アデリーナ様との食事も楽しかったけど、それ以外にも今日はこれから楽しいことが起こりそうなの」「あら、どんなことかしら。教えてくれる?」「ええ。いいわよ。それはね……」そのとき。「エレナ、迎えに来たよ」エレナの婚約者、カールが現れた。「まぁ、カール。今日は早かったのね」「それはそうさ。早く君に会いたかったからね。ん? オリビア、君もいたのか?」カールはオリビアの姿に気付き、声をかけてきた。「ご挨拶ね。ええ、いたわよ。でもお2人のお邪魔みたいだから、すぐに帰るわ」するとオリビアの言葉にエレナとカールが驚く。「え? オリビア、私は少しもあなたが邪魔だなんて思っていないわよ?」「そうだよ。オリビアはエレナの大切な親友じゃないか」2人の言葉に笑うオリビア。「ふふ、ほんの冗談だから気にしないで。それじゃ、又明日ね」オリビアは手を振ると、教室を後にした。「本当にエレナとカールは仲が良いわね~」独り言のように呟くと、突然背後から声をかけられた。「何だ? もしかして羨ましいのか?」「キャアッ!」驚きのあまり悲鳴を上げて振り向くと、マックスの姿がある。「びっくりした……何もそんなに大きな声をあげることはないだろう?」「それはこっちの台詞よ。マックス、突然声をかけてこないでよ」「ごめん。オリビアの姿が目に入ったから、ついな。ところでオリビア。ここで出会ったのも何かの縁だ。ちょっとこれから一緒に出掛けないか?」「え? 出掛けるって一体どこへ?」「今夜の食材を買いに行こうかと思っていたんだよ」「つまりは買い出しってことね?」「買い出し……か。う~ん……その言い方は少し語弊があるかもしれないが……買い出しには間違いないか……」マックスの態度はどこか煮え切らない。そこでオリビアは首を振った。「ごめんなさい、マックス。折角だけど、私行かないわ」「え? 行かないのか?」「ええ。実は今日、早く家に帰らなければならないのよ」「家に帰らなければって……オリビアは家が嫌いじゃ無かったのか?」「ええ、確かに嫌いよ」マックスの言葉に頷く。

  • 悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました   67話 楽しい昼食

     その日の昼休みのこと――オリビアは中庭にあるガゼボに来ていた。今日はここでアデリーナと待ち合わせをして一緒に食事をすることになっていたのだ。「今日もいいお天気ね……」ガゼボの中から中庭を見つめていると、アデリーナが手を振ってこちらへ駆けてくる様子が見えた。「アデリーナ様っ!」オリビエは立ち上がり、笑顔で手を振る。「ごめんなさい、オリビアさん。待ったかしら?」息を切らせながら、ガゼボに入って来たアデリーナ。「いいえ、私も先程来たばかりですから気になさらないで下さい」「そう? なら良かったわ」2人で並んで座るとオリビアは早速持参してきたバスケットを開いた。「アデリーナ様、我が家自慢のシェフが腕を振るってサンドイッチを作ってくれました。他にもマフィンやスコーンもありますよ。早速頂きませんか?」豪華な食事に、アデリーナの目が輝く。「まぁ、美味しそうね。本当に頂いてもいいの?」「ええ、勿論です。では早速……」「待って! オリビアさんっ!」不意にアデリーナが止めた。「アデリーナ様? どうかしましたか?」「食事の前に、まず昨夜のことを謝らせて貰えないかしら? 折角楽しい食事の場を提供してもらったのに、私ったら途中で酔って眠ってしまったでしょう? 恥ずかしいわ……本当にごめんなさい」憧れのアデリーナに謝られて、オリビアはすっかり慌ててしまった。「そ、そんな。謝らないで下さい。私、むしろ嬉しかったんです」「え? 嬉しかった? 何故かしら?」「セトさんが言っていました。アデリーナ様は本当に昨夜は楽しそうだったって。楽しくお酒を飲めたから酔って眠ってしまったってことですよね?」「ええ。その通りよ。あんなに楽しくお酒を飲めたのは初めてだったわ」アデリーナは頷く。「私もすごく楽しかったです。だから謝らないでください。そうでなければ……また、お誘いすることが出来ませんから」「分かったわ。また是非、一緒にマックスさんのお店に行きましょう?」「はい! それでは早速頂きませんか?」オリビアはバスケットをアデリーナに勧めた。「ありがとう、それでは頂くわね」こうして、ガゼボの中で2人のランチ会が始まった――「本当にこのサンドイッチ、美味しいわ。さすがフォード家のシェフは一流ね」アデリーナが感心した様子でサンドイッチを口にする。「ありが

  • 悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました   66話 少し愉快な朝食

     アデリーナと食事をした翌日のこと—―オリビアは嫌々、父と兄の3人で朝食の席を囲んでいた。「オリビアや、昨夜は何処の店で食事をしてきたのだね?」美食貴族と呼ばれている父、ランドルフはオリビアが食事をしてきた店が気になって仕方がない。「さぁ? 昨夜は待ち合わせした人が連れて行ってくれたお店なので、場所も店の名前も良く覚えていません」オリビアは平気で嘘をついた。何しろランドルフはとんでもないペテン師。飲食店から良い評判を書いて欲しいとお金を積まれれば、平気で嘘のコラムを書く。さらにライバル店を潰して欲しいという依頼だって受けるのだ。(父に大切な友人マックスの店を教えるわけにはいかないわ)「そうか……覚えていないのか。だが聞いておいてくれるか? 是非、私もその店に食事に行ってみたいからな」「そうですね。会う機会があれば尋ねておきます」パンにバターを塗りながら、気の無い返事をする。「成程、会う機会があれば……か。うん? そう言えば、オリビア。昨夜は一体どこの誰と食事をしてきたのだ!? お前は嫁入り前の身なのだから、男と2人きりで食事に行ったりなどしていないだろうな?」「少なくとも、相手がギスランでは無いことは確かですね」そのとき、今まで1人黙々と食事をしていたミハエルが反応した。「オリビア、聞くがいい。昨夜、クソ野郎のギスランに電話してやったぞ。もう二度とオリビアに近付くなとな! もしそのようなことをすれば夜道に1人で歩いているところを背後から襲って、二度と女遊びが出来ない身体にしてやると脅してやった。何しろ、あの男はまだ未成年のシャロンにまで手を出すようなクズ野郎だからな」するとランドルフが眉を顰める。「ミハエル。朝食の時間になんて胸の悪くなることを口にするのだ? オリビアの前で過激な発言をするんじゃない。こっちまで背筋がゾクゾクして気分がわるくなってしまったじゃないか」「申し訳ありません。それでは話題を変えることにしましょう。卒業まで後一カ月。今日から私は正式に王宮騎士団に仮入団し、訓練を受けることに決定しました!」「おお、そうか。それは素晴らしい! これからはこの国を守る騎士として誇りを忘れるなよ」ランドルフが大げさに手を叩く。「ありがとうございます。これで俺もいよいよ憧れだった、キャデラック侯爵から直々に指南を受けられます。

  • 悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました   65話 食事の後で

    —―20時 マックスに見送られ、3人は店を出た。「……大変申し訳ございませんでした」酔い潰れて眠ってしまったアデリーナを背負ったセトが申し訳なさそうに謝ってきた。「そんなに気になさらないで下さい。でも驚きました。あのアデリーナ様がお酒で酔い潰れてしまうとは思いませんでした」オリビアが気持ちよさそうにセトの背中で眠っているアデリーナを見つめる。「何だかすみません。出したワインの度数が強かったのかな?」マックスの言葉にセトは首を振る。「いいえ、アデリーナ様はお酒が強い方なのです。このように酔って眠ってしまったことは一度もありません。アデリーナ様は侯爵家の一員として家族から厳しく育てられてきたので、気の休まることはありませんでした。 ですが、今夜は余程楽しかったのでしょうね。あんなに笑顔で話をしている姿を見るのは初めてです。これもきっとオリビア様のおかげなのでしょうね。本当にありがとうございます」「い、いえ! 私の方こそ楽しかったです。家族に虐げられていた私はすっかり自信を無くしていました。でもアデリーナ様に出会って、私は生まれかわったのです。こちらこそ感謝しています」するとセトは笑顔になる。「アデリーナ様も同じようなことをおっしゃっておられました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。では、私はアデリーナ様を連れて帰らなければなりませんので、ここで失礼致します」「はい、分かりました」「またいらしてください」オリビアとマックスは交互に声をかけるとセトは会釈し、アデリーナを背負ったまま夜の町へと消えて行った。その姿を見送りながら、オリビアはマックスに話しかけた。「……ねぇ、マックス。ひょっとするとセトさんはアデリーナ様のこと……」するとマックスは目を丸くする。「何だ? 今頃気付いたのか? 俺は2人が一緒に現れた時から気付いていたぞ?」「え? そうだったの?」「当然じゃないか。俺は接客の仕事をしているんだぞ? 相手の心の内くらい、読み取れなくてどうする」「ええっ!? そんなものなの? ねぇ、だったら今私が何を考えているのか分かる?」「う~ん……そうだな」マックスはじっとオリビアを見つめて答えた。「アデリーナ様って、可愛いところもあるのね? って思っているだろう?」「当たり! すごいわ」「それだけじゃない。まだ分かるぞ

  • 悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました   64話 気の合う相手

    3人はマックスの店の前に到着すると、早速オリビアはアデリーナに声をかけた。「アデリーナ様、こちらのお店ですよ」「あら? このお店は……」アデリーナは首を傾げる。「え? もしかして御存知なのですか?」「ええ、一度だけ来たことがあるのよ。でも確かここは喫茶店だと思っていたけど……」「その事なのですけどね。昼と夜とではオーナーが違うんです。夜は食事とお酒を提供するお店になるのですよ」するとアデリーナの目が輝く。「本当? お酒が飲めるのね? 早く入りましょう」「フフ。そうですね、入りましょう」セトが扉を開け、3人は店の中へ入って行った。**店内には多くの客で賑わいを見せている。「まぁ……昼間とは全くお店の雰囲気が違うわね」アデリーナは感心した様子で周囲を見渡した。「そうなのですか? 私は昼間は来たことが一度も無いので良く分からなくて」そのとき。「オリビアッ! 来てくれたんだな!」黒のタキシード姿のマックスが笑顔でやって来た。「ええ。約束通りに来たわ」「オリビア嬢、ご来店頂きありがとうございます」次にマックスはオリビアに丁寧に挨拶をし……じっとセトを見つめる。「え……と、こちらの男性は……?」「初めまして。わたしはアデリーナ様の従者のセトと申します。今夜はアデリーナ様の付き添いで御一緒させていただきました。マックス様、今夜はお招きいただきありがとうございます」「あ……い、いえ。こちらこそありがとうございます。それじゃ、席を案内しますね」丁寧に挨拶され、マックスは目を白黒させながら3人を席へ案内した――**** カウンター席に案内されたオリビアとアデリーナは早速、マックスが勧めた料理を口にしていた。「アデリーナ様。 この魚介のグリル、スパイシーでとても美味しいです!」「そうね。このお肉料理も、とても味が染みていて美味しいわ。ワインにとてもあうわね」アデリーナがワインに手を伸ばすと、セトが止める。「アデリーナ様、またワインをお召し上がりになるのですか? もうこれで3杯目ですよ?」「あら、別にいいじゃない。私がお酒に強いのは、セトが良く知っているでしょう?」「ええ、そうですが外で飲まれるのと、自宅で飲まれるのとは訳が違いますから」「私なら大丈夫よ。それにセト。最初に言ったわよね? 私たちの会話を邪魔しない、空気の

  • 悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました   63話 専属従者

    —―18時半「全く、兄のせいで家を出るのが遅くなってしまったわ。今迄散々私を無視してきたくせに……もう放っておいて欲しいわ」自転車をこいで待ち合わせ場所である広場の噴水前に行ってみると、既にアデリーナの姿がみえた。「いけない、もういらしてたのね。……あら? 一緒にいる方はどなたかしら?」アデリーナの傍には黒髪を後ろに束ねた青年がついており、2人は親し気に話をしている。青年はスラリと伸びた長身で、ジャケット姿が良く似合っている。自転車で近付くと、アデリーナがオリビアに気付いて笑顔で手を振ってきた。「オリビアさん! 待っていたわよ」「すみません。私からお誘いしたのに、遅くなってしまいました」自転車を降りると、詫びる。「あら、いいのよ。ほぼ時間通りだから」アデリーナは笑顔で返事をすると、次に黒髪青年に話しかける。「ほら、言った通りでしょう?」「ええ。アデリーナ様の仰る通りでした。疑ってしまい、申し訳ございません」そしてペコリと頭を下げてきた。「あの……一体なんのことでしょうか?」オリビアが首を傾げるとアデリーナが説明した。「彼はね、私の従者でセトというの。今夜、親友と食事に行くと言ったら、どうしてもついて行くと言って聞かなかったのよ。相手がディートリッヒ様では無いかと疑っていたみたいなの」そして少しむくれた様子でセトを睨みつける。「本当に申し訳ございません」再度セトは謝罪すると、次にオリビアに丁寧に挨拶をしてきた。「初めまして。私はセトと申します。アデリーナ様の幼少時代より、執事として10年以上お傍に仕えさせていただいております。どうぞよろしくお願いいたします」「初めまして。私はオリビア・フォードと申します。アデリーナ様とは仲良くさせていただいております」互いに自己紹介しあうと、アデリーナはパチンと手を叩いた。「はい。では自己紹介も終わった事だし、セト。あなたはもう帰っていいわよ」「イヤです」「え? 何を言ってるの。今夜は私はオリビアさんと2人で食事を楽しみたいのよ?  もう疑いも晴れたのだから、帰ってくれないかしら」「いいえ。私は旦那様より、アデリーナ様をお守りするように命じられております。この辺りは夜になると町の顔が変わります。どんな輩がうろついているか分かりませんので、お供させて頂きます」「私は腕に自信があるか

  • 悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました   62話 揃いも揃って

     部屋に戻ったオリビアは、早速クローゼットを開けた。「今夜のアデリーナ様との食事にはどんな服がいいかしら……これなんかシックな感じでいいかも」深緑色のボレロワンピースを手に取り、身体にあててみる。「う~ん……それともアデリーナ様の髪色に合わせてワインレッド色のワンピースがいいかしら……」悩んでいると、部屋の扉がノックされた。—―コンコン「……誰かしら? 忙しいのに……」オリビアは扉に向かと声をかけた。「誰?」『俺だ、お兄様のミハエルだ』お兄様という単語にイラッとしながらも、オリビアは扉を開けた。「ごきげんよう、お兄様。一体何の御用でしょうか?」「学校から帰宅したと聞いて話があったから来たんだ。今、少しいいか?」本当は追い返したかったが、わざわざ自分を訪ねて来たのを邪険にするのは気が引けた。「分かりました。……少しなら良いですよ。どうぞお入り下さい」「ありがとう!」大袈裟な程笑みを浮かべたミハエルはズカズカと部屋に入り、ドスンとソファに座って来た。「オリビア、お前も座れ」手招きしてくるのでおとなしく向かい側に座ると、ミハエルは身を乗り出してきた。「早速だが、妹よ。本日、義母と偽物妹が追い出されたのは知ってるか?」「ええ、知っていますよ」「な、何だって!? もう知っているのか!?」身体をのけぞらせて驚くミハエル。「なにもそれほど驚くことでは無いでしょう? 丁度帰宅した時間に屋敷を追い出されるシャロンと義母に会ったのです」「そうだったのか。真っ先にお前に知らせて、喜ぶ顔が見たかったのに……」ミハエルはガックリと肩を落とす。「まさか、それを知らせに来たのですか?」「いや、それだけではない。そこで今夜あの邪魔な母娘を追い出した祝に、家族水入らずで夕食会を開こうと思って知らせに来たのだ。どうだ?」「いいえ、結構です。お父様にも声をかけられましたが、お断りしました」「何だって!? 父から!? 夕食会を考えたのはこの俺だぞ!? あげくに断ったのか? 何故だ!」「何故も何も、今夜は約束があるからです」「約束だって……ん? あれは……」ミハエルの視線がオリビアのクローゼットをとらえた。ベッドの上には先程オリビアが選んだワンピースが置かれている。「出掛ける服を選んでいたのか?」「ええ、そうです。今夜は食事に行く約束をし

  • 悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました   61話 愚かな妹

    「え? これは何事?」屋敷へ帰って来たオリビアは目を見開いた。エントランス前には3台の荷馬車が止まっていたからだ。屋敷の中からは使用人達の手によって荷物が運び込まれていく。呆気に取られてその様子を眺めていると、荷物を抱えたトビーが現れてオリビアに気付いた。「あ、お帰りなさいませ。オリビア様」「ただいま、トビー。これは一体何の騒ぎなの? あ、まさか……」その時、オリビエは重要なことを思い出した。「はい、そのまさかです。本日、ゾフィー様とシャロン様がこの屋敷を出て行かれるのです」「ふ~ん。そうだったのね。てっきり、もう出て行ってたと思っていたけど」「いえ、これからですね。でも今日中に出て行くことは間違いないでしょう」ドスンと、荷馬車に荷物を置くトビー。その時、ヒステリックな大声が響き渡った。「ちょっと何するのよ! 乱暴に荷物を置くんじゃないわよ!」2人が振り向くと、怒りの形相を浮かべたシャロンが睨みつけていた。「今の荷物はね、あんたの給料では買えないような高級アクセサリーが沢山入っているのよ!? 傷でもついたらどうしてくれるのよ!」乱暴にズカズカ近付いて来る。「それは申し訳ございませんでした。かなり重たい品物だったので、てっきり本かと思ったものですから。でも……まさか中身は高級アクセサリーだったのですか」「それは一体どういう意味よ! って言うかオリビアッ! 何でそんな目でこっちを見るのよ!」シャロンはビシッとオリビアを指さした。「別に。それよりシャロン。姉の私にお帰りなさいくらい言えないのかしら?」「冗談じゃないわ! 何であんたに挨拶しなくちゃいけないのよ! こっちはねぇ、あんたのせいでもう滅茶苦茶よ! どうして私が修道院なんかに入らないといけないのよ! むしろあんたのように地味な女の方が余程修道院がお似合いよ!」この期に及んでも未だに文句を言ってくるシャロンにオリビアはため息をつく。「シャロン、あなたって本当に愚かなのね?」「な、何が愚かなの!」「修道院にアクセサリーを持って行って良いとでも思っているの?」「え……? もしかして駄目なの!?」「当然じゃない。持って行ったところで持ち物検査をされて、不要な物はその場で即没収よ」すると何故かシャロンが不敵な笑みを浮かべる。「あら、それなら大丈夫。だってアクセサリーは不

あなたも気に入るかもしれません

コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status